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大阪高等裁判所 昭和60年(う)231号 判決

本店所在地

大阪市淀川区三津屋南三丁目二一番一号

大滋建設株式会社

右代表者代表取締役 徐錫五

国籍

韓国(慶尚南道蔚州郡凡西面泗渕里七-二)

住居

兵庫県西宮市学文殿町一丁目六番一八号

会社役員

大原正路こと

徐錫五

一九二八年三月一〇日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、昭和六〇年一月一四日大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し、各原審弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 山下善三 出席

本文

本件各控訴をいずれも棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人山田紘一郎及び同末澤誠之連名作成の控訴趣意書、控訴趣意書補充書、昭和六〇年一〇月一六日付控訴理由補充書(ただし、控訴趣意書を補充する限度において)記載のとおりであり(弁護人は、控訴趣意中の法令適用の誤り及び事実誤認の主張は、原判示第二事実の帝国工業株式会社及び菊池色素工業株式会社並びに同第三事実の日新精工株式会社に対する各土地譲渡所得と請負工事前受金並びに同第二事実の森山道男に対するマンション購入資金貸付金についての各法令適用の誤りと事実誤認を主張するものであると釈明した。)、これに対する答弁は、検察官川瀬義弘作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、原判決の法令適用の誤り、事実誤認及び量刑不当を主張するので、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せ検討し、つぎのとおり判断する。

所論は、まず、原判決は被告人会社の原判示第二の帝国工業株式会社(以下、帝国工業という。)及び菊池色素工業株式会社(以下、菊池色素という。)並びに同第三の日新精工株式会社(以下、日新精工という。)に対する各土地売却契約について、被告人会社がその各売買代金額を圧縮し、法人税を免れた旨認定したが、本件のような土地譲渡契約とその土地上の建物の建築請負契約又はその予約との混合契約の場合は、土地譲渡代金中の国土利用計画法による制限を超える部分を建築請負代金に含ませ又はその予約金とすることを法は一定の範囲において許していると解すべきである。これを本件についてみれば、帝国工業との関係においては、原判決認定の土地譲渡による利益の逋脱所得分四〇〇〇万円を同社との間の建築請負の代金額に合算すれば、その請負の粗利益は社会通念上合理的な利益の範囲に収まっており、また、菊池色素との関係においては、原判決認定の土地譲渡による利益の逋脱所得分一〇〇〇万円は、同社との間の建物建築請負予約の予約金として社会通念上合理的な範囲内の金額であり、日新精工の場合も同様であるから、右原判決認定の各土地譲渡による利益の逋脱所得分をそれぞれの建築請負代金に含ませ、又はその予約金とすることは許されるというべきであるのに、原判決が本件各混合契約を単純にそれぞれ一個の土地売買契約と解し、国土利用計画法による対価の制限を超える売買代金の部分を逋脱所得と認定したことは、法令の適用を誤り、かつ事実を誤認したのであり、また、被告人徐及び被告人会社には、右各契約に関し偽りその他不正の行為により法人税を免れる意思、すなわち個別的故意はなかったのであるから、右の点について被告人らの故意を認めた原判決には事実の誤認があるという。

しかし、原判決がその事実認定の補足説明欄の「一につき」以下の項で挙示する各証拠によれば、被告人会社は土地を、昭和五六年二月二七日に帝国工業に対し一億九二〇〇万円で、同年三月一〇日に菊池色素に対し一億九九〇万円で、同年一一月一九日に日新精工に対し八八五〇万円でそれぞれ売却したが、右各売買代金額はいずれも国土利用計画法二三条一項による届出の予定対価を超えていたので、被告人徐が被告人会社の経理担当者であった森山道男に対し、「国土法の届出の金額を超える分は、建築代金の前受けとして処理しておいてくれ。」などと言って指示した結果、右各売買代金額を帝国工業分については一億五〇〇〇万円と、菊池色素分については九九九〇万円と、日新精工分については六七七一万六四〇〇円とそれぞれ圧縮し、前記実際の各売買代金との差額金は、各建物建築請負代金の前受金とする帳簿上の処理がなされ、右圧縮された各売買代金額に基づいて本件法人税の申告がなされたこと、被告人徐は、土地の譲渡による利益については特別の課税があることを知っており(同被告人は検察官に対し、「私は届出価格以上で売ればそれだけ違反になり、重い税がかかることを業者として知っていました。」と供述している。)、それにもかかわらず森山に対し前記のような指示をしたことを認めることができる。

所論は、土地売買契約と建物建築請負契約又はその予約との混合契約の場合は、その売買代金の一部を請負契約の代金に含ましめ、又はその予約金とすることが一定の範囲において許されるというが、そのようなことが許されるとすれば、租税特別措置法六三条による土地譲渡利益に対する特別課税を正当の理由なく免れることができることになって不当であるから、右のような混合契約の場合であっても、実際の売買代金額に基づいて納税の申告をすべきであることは多言を要しない。そして、本件において各売買代金の圧縮があり、被告人徐がこれにより法人税を免れる意思を有していたことは前認定のとおりであるから、原判決が本件各売買について代金額の圧縮があり、これにより法人税の逋脱があったことを認めたのは相当であり、原判決に所論の法令適用の誤り及び事実誤認は存しないというべきである。

次に、所論は、原判決第二の事実中の森山道男に対するマンション購入資金貸付金は、同人が被告人徐を欺罔してマンション購入資金借入名下にこれを騙取したものであり、右森山はその行為を隠蔽するため、被告人徐に無断で右貸付金を経理上架空外注費として処理したものであるから、同被告人には右貸付金及びその利息について法人税を逋脱する意思はなかったのに、原判決がその故意を認め、法人税の逋脱を認定したことは、事実を誤認し、法令の適用を誤ったものであるという。

しかし、原判決がその事実認定の補足説明欄の「二につき」以下の項で挙示する各証拠によれば、右貸付金は、右森山が被告人徐にマンション購入資金の一部立替えを申し入れ、その承諾を得て被告人会社から借り入れたものであって、これを騙取したものではなく、ただその返済が遅れていたに過ぎないこと、及び右森山は被告人徐と相談して右貸付金を架空外注費として帳簿上処理したことを認めることができる。所論は、被告人徐は右のような帳簿の処理がなされたことを知らなかったというが、右森山は捜査官に対し、「貸付金は当初振替伝票に支払金額だけ計上して勘定科目欄は空白にしていましたが、決算期末に決算書上貸付金が多くなると銀行対策上もまずいので、社長と相談して外注費に計上したものです。」と具体的に供述していること、及び関係各証拠によれば、被告人徐はそのころ、右森山から一億円くらいの税金を払わなければならないと聞き、同人に対しそれを半分くらいにするよう指示していることが認められることなどに徴すると、同被告人は本件貸付金を架空外注費として処理することを了承していたものと認めるのが相当である。右認定に反する原審及び当審各法廷における被告人徐の供述は、前掲各証拠に照らし信用することができない。以上認定した事実によれば、原判決が本件貸付金及びその利息につき同被告人の法人税逋脱の故意を認め、その法人税の逋脱を認定したことは相当であって、原判決に所論の事実誤認及び法令適用の誤りはないというべきである。

なお、当審における弁論にかんがみ、さらに検討しても原判決に法令違反等の瑕疵はない。

二 各控訴趣意中、各量刑不当の主張について

次に、量刑不当の論旨について判断すると、本件は、三か年の事業年度にわたり、法人税合計一億九六七七万円余のうち一億二五〇九万円余を免れた法人税法違反の事案であり、逋脱額、逋脱率とも高く、その方法も、取引先と通じるなどして、架空外注費を計上し、売上金を除外し、又は土地譲渡による利益を圧縮するなど、悪質であること、犯行の動機も、簿外の借入金を返済し、かつ資金を蓄えるためであって、酌量の余地はないこと、被告人徐は本件逋脱につきその方法及び金額等を従業員に対し積極的に指示していることなどに徴すると、被告人徐が反省し、本件法人税について税務署に修正申告をしてその未納分及び重加算税などを納付していることなど、被告人らにつき酌むべき一切の事情を斟酌しても、被告人会社を罰金二五〇〇万円に、被告人徐を懲役一年六月、執行猶予三年にそれぞれ処した原判決の量刑は重過ぎるとはいえない。論旨は理由がない。

以上のとおり、各論旨はいずれも理由がないので、刑事訴訟法三九六条により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 家村繁治 裁判官 田中清 裁判官 久米喜三郎)

○控訴趣意書

法人税法違反被告事件 被告人 大滋建設株式会社外一名

右被告人らに対する頭書事件につき、大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人らの控訴の趣意は、別紙のとおりである。

昭和六〇年四月三〇日

弁護人 弁護士 山田紘一郎

弁護人 弁護士 末澤誠之

大阪高等裁判所第六刑事部 御中

第一、控訴の趣旨

一、第一審判決には、法令適用の誤りがある。

二、第一審判決には、事実の誤認があり、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

以上に因り、被告人及び被告会社は無罪である。

三、仮に、公訴事実のうち、有罪と認定されるべきものがあっても、右のとおり、公訴事実のうち大部分は無罪であるから、右同判決は、量刑が重きにすぎ、著しく不当である。

第二、控訴理由

一、租税逋脱犯の故意についての概説

1 そもそも租税逋脱犯は故意犯であるから、犯罪として成立するためには、故意、即ち法人税逋脱の認識が必要である。これにつき、偽り、その他不正行為に因り、真実の所得額より少ない所得額を申告するという概括的認識を以て足りるか、又は個々の勘定科目に就き、具体的な金額に就いてまで個別的に認識を要するかについては争いがあるが、仮に、前説を取るにしても、租税逋脱犯は、故意犯であるからその成立には、必ず納税義務の存在することの認識が前提となると解される。

即ち、租税逋脱犯の構成要件は、偽り、その他不正の行為により納税義務を免れることであるから、右逋脱犯の構成要件を組成する客観的事実の認識が成立するためには、納税義務、即ちその内容をなす所得の存在についての認識が必要であり、更に加えて、偽り、その他不正の行為に該当する事実の認識、及び逋脱結果の発生の認識が必要であるというべきである。

2 法人税逋脱税額算定の前提となるべき所得そのものが、そもそも経済的な概念として可分的な数額であり、それを構成する益金、損金も、もともと、個々の取引によって構成されている以上、個々の収益、損金勘定のうち、行為者に右所得の存在することについての認識を欠き、右逋脱の犯意の認められない場合があれば、たとえ行為者に於て概括的な虚偽過少の申告をなしていることの認識があったとしてもその部分に限っては逋脱の犯意を欠き、従って、逋脱所得より、控除すべきこととなる。

即ち、それは、故意に基づく所得の隠蔽工作とかかわりなく、故意に因らず、あるいは不注意や思い違い等による収益の過少記載、又は損金の過大記載に基づく過少申告に因って、客観的には税を免れる結果を生じても、それは「偽りその他不正の行為」により免れた税額には含まれないものとして解すべきである。

3 租税逋脱犯の構成要件該当行為としての「偽りその他不正の行為」には、たとえば期末たな卸高を圧縮したり、架空仕入を計上するなどの方法により所得を秘匿する行為をともなって虚偽過少申告をする行為や、右の如き秘匿行為をともなわない単に虚偽過少申告行為のみが逋脱行為となる態様がある。

これらのうち、所得隠蔽行為をともなわない場合には、逋脱の意思をもって、所得金額を殊更過少に記載した内容虚偽の確定申告書を提出することを要する。

それは、当該申告によって税を逋脱せしめることの積極的な意思の存在を必要とし、さらに行為者に於て、敢えて右申告に及ぶ行為であることを要する。

従って、それは未必の故意があるだけでは足りないと解しなければならない。

4 このような構成要件該当行為は、法人の課税土地譲渡利益金に絡む課税所得の場合に於ても同様であり、故意に基づく所得の隠蔽工作とはかかわりなく、故意に因らず、あるいは不注意や、税理士、税務職員の誤った指導による思い違いに因る法人土地重加算税の申告漏れがあったとしても、それは「偽りその他不正の行為」により、免れた税額には含まれないものと解すべきである。

二、具体的控訴事実との関連に於ける犯則行為と認識の一般概説

1 公訴事実によれば、被告人会社は、帝国工業株式会社外二社との間で、昭和五五年、同五六年度に土地売買及び建物建築請負予約を行ったが、これは、土地売上金の除外行為であり、当然、隠蔽行為に当る、というにある。

2 ところで、一般論として、民法上契約自由の原則があり、売買、請負契約に於て土地価格、建物請負価格の設定は、当事者間の自由意思に委ねられている。他方、行政法上の制約として、良好な宅地の供給という観点から、いわゆる国土法により適正価格と称する枠が設定され、その違反に対しては、租税上の制約をもって、遵守を要求される。

先に述べた契約自由の原則は、経済上の原則でいうならば、価格は、需要と供給の原則により設定される、というものであり、法がこの原則を認めたものである。

ところで、国土法は、その違反に対し、土地重加制という制約を課するのみで、違反契約自体を無効としていない。とするならば、民法上の原則と、国土法による制約との調整また、右契約原則、経済原則たる需要と供給の枠内において調節されるべきことを、法は、許容していると考えるべきである。

3 さて、本件に於て具体的にこれを当て嵌るならば、被告人会社は、本来建築請負を業とする会社であり、土地売買を専門とする会社ではないことは、再三にわたり主張したとおりである。

本件前記三社に対する土地売買も又、被告人会社において、本来地上に建築予定の建物の建築を請負うことを前提とし、その目的のために行われたものである。本件土地取得の経過、及び宗教法人公倫会との間の土地売買及び建物建築請負契約からも窺われるとおり、被告人会社の土地取得目的は、建物請負契約取得目的以外のなにものでもあり得ない。

何故ならば、本来土地売買は、契約自由の原則に委ねらるべきであるが、これについては、国土法による制約が課され、土地重加という強い枠がはめられ、土地売買そのものは、少なくとも適正利潤さえ危うい状態に陥れられ、企業としては経営上重大な打撃を被っている。しかしこれに違反して、土地重加を課せられた場合、企業にとっては致命的打撃を被ることは必至であり、これを遵守することは、至上命題である。

4 ところで、企業が、法に反せず、かつ経営上適正利潤を確保する方法を講じることは当然であり、これが合理的契約の枠内にあると認められる限り、法としてこれを認めなければならない。その処理方法として、土地は国土法の制約に服し、他方地上建物の建築を請負って、併せて適正利潤の範囲内に於て契約を行い、利潤を上げることも、ある一定の限度はあるにしても、少なくとも一定の範囲内にとどまる限り、法の認めるところと考えることができ、この適法な利潤の範囲内にとどまる限り、税法上適法な行為と認められるべきである。

世上一般に、土地を売却するに当たり、契約と同時に、あるいは契約後数年の間に、地上に、土地売主の請負により建物を建築すべき旨の契約が行われているが、これは、右制約との調和を目ざしたものであり、これを違法と論ずべきでないことは、明らかである。

三、逋脱所得の存否とその認識、故意の存在

1 前述したとおり、被告人会社は、本件昭和五五年度、同五六年度の土地売買及び建築請負予約に於て国土法を遵守し、かつ、本来の建築請負に於て充分に収益を上げる意思の下に、相手方と交渉し、契約を行い、かつその旨の申告を行った。

原判決が、社会通念上許される契約を誤認、看過していることは前述のとおりであるが、仮に、建築請負予約金の一部、あるいは相当部分が、国土法に違反していることを前提として論を進めるとして、その場合に、国土法違反部分即逋脱所得の存在としてこれを把え、なおかつ逋脱所得の存在の認識ありとして、法人税法違反を問い得る故意が存在すると、法的に評価してよいかは、一個の問題である。

2 本件のように、土地売買及び建築請負契約あるいはその予約という契約がなされている場合に、国土法違反部分が存在すると認定しこれを逋脱所得とし、それにつき税法違反として処罰し得る条件は、次のとおりと言うべきである。

〈1〉 まず、右二つの契約のうち、請負契約を行う意思が全く無い場合、等の理由に因り、純然たる仮装請負契約と認められる場合。この場合は、論述するまでもないであろう。

〈2〉 請負契約代金、あるいは予約の場合には、予約金を含めた請負代金の総額が、建築予定建物の通常の請負価格と比較して、これより社会通念を超えて高価格と認められる場合。

この場合、社会通念を超えた部分については、後日清算が予定されていない場合、逋脱所得と認められる場合があるであろう。

さらに、社会通念を超える高価部分が存在したとしても、契約に添った建築を行っている場合、国土法違反に因る重加算税の対象となり得たとしても、これを以て逋脱所得の存在の認識とし、故意を認めるには、さらに確定的な認識、即ち社会通念を超えたことが、何人にも明白で、疑いの余地が無いと認められる場合に限定されるべきである。何故ならば、社会通念は、通常、一定の幅を有しており、いわば事後的判断によりその限界が画される。刑法上の罪刑法定主義の原則に照らして、刑事罰を以て処断する場合の社会通念の限界を画する指標としては行為時点に於て、何人にも明白かつ疑いを差し挟む余地の無い程度でなければならないと解すべきであるからである。

3 本件原審判決は、右につき、何ら考察を行うことなく、本件混合契約を単純に一個の土地売買契約と把えしかも、これにつき、国土法違反部分即逋脱所得と認定している誤りのあることは、前述の結果から明白であろう。

〈1〉 これを、各証拠との関連で論述するに、帝国工業株式会社との間には、契約後二回にわたり、請負建築工事が実施されており、原審認定の逋脱所得部分金四千万円を、右二次の請負代金に合算すれば、粗利益は約二十パーセントの範囲内に収まっており、この粗利益は、前項2〈2〉にいう、社会通念上合理的な利益の範囲内と認められる。なお、同社は、三次にわたる工事計画を有しながら、被告人会社との契約に違反し、当初の計画を隣接社屋の延長工事として、他社に発注した。

そこで、被告人会社の抗議により、第二次工事、第三次工事を被告人会社に発注したものである。このように、契約に当り、請負予約金を徴しておく必要性は大いに認められるのであり、本件各契約が、架空ではなく、現実に必要であることの証左である。

次に、菊池色素工業株式会社に就いては、同じく金一千万円を、逋脱所得と認定する。同社との間には、契約後確かに請負建築工事はなされていないが、同社は、契約時に於て、売却土地上に、建物建築を行うことを予定していたものであり、その後同社の内部事情等に因り、一方的に建築工事の着手がなされないまま今日に至っているのである。

〈2〉 被告人会社は、請負建築工事により収益を上げることを本来の目的として土地を取得し、売却するのであるから、被告人会社にとっては、菊池色素工業株式会社の工事計画の一方的中止により、被害を受ける立場にある。本件請負予約は、かかる事態を予測して、その損害額の予約的性格を有すると共に、予約金により工事を間接的に強制するものであり、その金額が社会通念上合理的範囲に収まっている以上これを国土法違反とし、あわせて逋脱所得と認定することは、法の認める契約自由の原則を、踏み躙るもので、法の許さないところである。

〈3〉 日新精工株式会社の場合も、右同様である。

〈4〉 ところで、右両社代表者とも大蔵事務官に対する供述に於て、原審認定に副うかの如き供述を行っているが、その背後にある両社の意思を忖度するならば、その供述は、請負契約予約を行ったが、後日事情が異ってきたので建築計画を中止したまでのことであるが、税務当局と争うことを避ける趣旨で、契約時の意思と異ったかの如き印象を与える供述を行ったものと考えられる。唯だ一扁の供述のみを以って契約時の当事者間の意思を曲げて解釈する態度は、刑事裁判の場としては、相応しいものとはいい難い。

なお、故意の存在を否定する事情の存在については、項を改めて論述する。

四、故意の不存在(証拠との関連において)

1 被告人会社は、建築請負を専門とする会社であり、土地売却により利益を上げる会社ではない。

従って、国土法に違反して収益を上げ、所得を秘匿する必要は全くなかったし、現実にも所得を秘匿した事実はない。ただし、その結果として、複数会計年度に亘り収益が分散されることになるが、これは、結果としての問題であり原審がこれを契約時の逋脱一時所得として計上するのは誤りである。本来これは所得発生時期に関する解釈の問題と言うべきものである。

2 被告会社及び被告人には、偽りその他不正行為をなす意思は、全く無かったことは、証拠上明白である。

しかも、逋脱結果発生の未必の故意さえ認められない。即ち、被告人徐は、昭和四一年に被告人会社設立と同時に、当時、税務署に勤務していた税務職員角本三男の指導のもとに経理処理を行ってきた。昭和四二年度の決算より、税理士登録をすませた同人の指示に従い申告及び経理処理に関連する事項一切を行ってきたのである。昭和五五年九月期、及び同五六年九月期決算に於いても、同人の指示に従って土地については国土法を遵守して申告を行い、ましてこれにつき、法人税の土地重加算されることは夢想だにしなかった。しかしながら、前述のとおり、被告人会社は、建築請負専門の会社であるため、本来は、相手方顧客が土地を希望する場合、被告会社は、必ず土地とともに建物建築をなし、同一会計年度内に建築工事を着工することを通常としていた。ただし、顧客の要請により、土地の売買を建物の請負契約の時期が異なる会計年度に生じる場合が発生することがある。これについても被告人会社は、角本税理士に指示を仰いだところ、同人は土地の売買と建物の請負契約の時期が違っても、法人税法上、何ら問題がないし、違法性はなく、手続を進めてよいとの返事があったので、被告人会社は、帝国工業株式会社、菊池色素工業株式会社、日新精工株式会社との間で土地売買契約を締結し、併せて建物の請負契約の予約を済ませた。

3 右に関連して、昭和五五年二月に東淀川税務署の特別調査を受け、右調査により修正申告を行ったが、右調査の際に、被告人徐は、右税務署主査の「市川顯」に対し、土地売買と請負契約の予約があり、それに基づく請負契約とが異る会計年度にまたがること、しかも、建築代金が、予約金プラス見積積算金の合計額となる問題について、適正かつ適法か否かについて指導をうけた。これに対し、同係官は、国土法の所定土地金額を超えて売買するような場合は、これを超えた金額は建物請負代金に含めて請負契約してもよいこと、昭和五五年度決算についても、この程度であれば通常の建築業者は一般に行っていることでもあり、それが予約の形式を取っていてもかまわないと述べ、逋脱であるとの指導指摘もなく、建物の建築契約の予約金として経理上処理しても適法である旨指示した。そこで、被告人は、安心して、昭和五六年九月期の申告についても、角本税理士や東淀川税務署市川の指示に従って経理処理をなしてきた。従って、被告人には、「偽りその他不正の行為をなす意思」は全く存在せず、昭和五五年度及び昭和五六年度の申告によって、税を逋脱せしめることを毫も夢にも考えていないことは、証拠上明白である。

4 仮に、被告人に対し、不動産重加算税に絡む逋脱が成立するのであれば、帝国工業株式会社外二社について法人税法一五九条一項の共謀共同正犯乃至幇助犯が成立する。検察官は被告会社のみを法人税法違反により起訴しているのは、片手落ちである。

そもそも、帝国工業(株)ほか二社は、建物建築の意思を有しており、実際に帝国工業(株)は、建築請負を被告人会社に委ねたが、その契約の過程において請負代金の予約金についての処理が、若干不明確な点があることを税務当局に指摘され、これにつき、当局の取調方針に従わない場合は、何らかの処分を行うかも知れないと暗示されやむなく協力を行ったものであり、その代わりにこれらの会社は法的処分を不問に付されているのであって、これは一種の取引であって断じて法の許すところではない。

5〈1〉 右に関連して、被告人徐は、昭和五五年九月期、昭和五六年九月期の申告前に被告人会社元総務部長森山道男の説明を受けた際、税額が各一億円に上ることを知らされ、これに対し、同被告人が、「何とか半額位にならないか」と述べたことを捉え、本件故意に当る証拠として挙げている。

〈2〉 しかしながら、一般論として、説明した如く、法人税法違反の故意は、少なくとも逋脱所得の認識を要し、その前提として納税義務の存在を要する、とされている。

従って、原審判決のとおり前記帝国工業(株)ほか二社の契約に関する処理につき逋脱所得の認識ありとする以上、右申告前の前記一般的供述をもって、故意認定の根拠とするのは、理論的には誤りと言うべきである。

〈3〉 そもそも、右一般的供述そのものは、これに続く被告人徐の供述「角本税理士とよく相談して処理するように」との供述とあわせて理解されねばならない。

右両年度の最終申告は、右供述後、角本税理士との協議であり、当初約一億円であった税額は、約五千万円に減少したことになっている。そうして本件では、この所得減少行為=逋脱行為について公訴が提起され、判決がなされている。

ところで、角本税理士は右申告に当り、逋脱行為について主導的に指示を行っているのであるから、同税理士は、理の当然として、本件公訴事実について共同正犯もしくは、幇助犯ないし教唆犯として起訴されねばならない。

しかるに同人は、公訴を提起されていないし、又取調を受けた事実もない。

このことは、同人の行った税所得減少行為は逋脱行為とはならない、と認めているからに外ならない。まして被告人は、税の素人である。一旦完成した税務申告書につき、専門家である税理士の指導・指示により税額が半額にされた場合に、これにつき税理士に不正不当な行為があると疑うべきであろうか。

税理士に相談した結果、税額が減少した場合には、少なくとも被告人には故意は存在しないというべきであることは明らかである。

五、その他の逋脱所得について。

判示第二の法人所得中、森山道男に対するマンション購入資金貸付金について。

1 被告人徐は、森山に対し、右貸付を行うことを承認したが、その内容は、森山に対し住宅ローン資金が金融機関より貸付されるまでの、わずか数ケ月のいわゆる繋ぎ資金としての承認であって、それ以上の認識ではない。

2 すなわち、右森山は、被告人徐を欺いてマンション購入資金貸入金名下に、金員を詐取しようと企て、被告人徐に対し、右貸入を申込み、その旨誤信した被告人徐をして、被告人会社より、貸付金名下に金員を交付せしめ、もってこれを詐取したものである。そうして、その行為を隠蔽するため村上組に対する外注費として経理処理し、その結果として、情を知らない経理担当者をして損金処理させたものである。しかも森山は、その一ケ月後には、銀行ローンがついたので返金した、と虚偽の事実を被告人徐に申向けている(利息として、わずか金二六三千円が計上されていることに留意すべきである)。

以上のとおり、被告人徐は、森山の詐欺行為に収支欺かれていたのであり、本件のことについて、全く故意を欠く。

3 従って、右貸付金については、逋脱所得とはなり得ず、ましてそれに対する貸付金利息が、いかなる形式をとって計上されていようと、元金に対する逋脱の認識が存在しない以上、その利息について逋脱の認識=故意が成立するいわれはない。

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